2021.06.04 【5Gがくる】ローカル5G簡単解説<44> 地域課題解決型ローカル5Gビジネスモデル②
富山と聞けば、間髪いれず「富山の薬売り」を想起するほど、富山の置き薬行商は有名だ。
江戸時代に、肥沃(ひよく)な穀倉地帯を抱える加賀百万石から分藩した富山藩は、宗家の加賀藩とは違って、急流河川域ゆえの度重なる水害と大地震による災害のため、藩の財政は逼迫(ひっぱく)していた。この地域課題を解決するために地域産業起こしとして始めたのが、売薬業だったという。
「先用後利」とも呼ばれる伝統的なマーケティング手法は、薬の行商人が常備薬の入った薬箱を各家庭に置いていく。そして、年2~3回決まった時期に各家庭を巡回、面談しながら薬の使用状況を確認し、使用した薬代金のみ受け取り、顧客の希望に沿って新たな薬を補充する。売薬行商は徹底した対面・対話商法といえるだろう。
薬の効能や使用方法・使用上の注意だけでなく、当時の庶民では知ることのできない社会情勢を世間話の中で伝えることで顧客との信頼関係が結ばれた。中には、まるで親戚さながらの付き合いとなることもあったとか。
それゆえ、近隣の家族構成や健康状態、持病や生活慣習、家計状況に至るまで聞き出せたというから、マーケティング情報収集力は、今のソーシャルネットワークの比ではない。今、多くの企業が模索しているワン・トゥ・ワン(個客)マーケティングなどをいち早く実践していたわけだ。さらに地域ごとの顧客情報は懸場帳(かけばちょう)という、いわば機密の顧客データベースに蓄積され、集金率の高い懸場帳はそれを担保に事業拡大の貸し付けが行われていたというから驚く。
B2B2Cモデル
さて「富山の薬売り」は、売薬行商人を事業主体とした、製薬業者(B)→売薬行商人(B)→顧客(C)のB2B2Cビジネスモデルといえるだろう。今風に言えば、地域の製造事業者(B)→地域のサービス提供者(B)→ターゲットユーザー(C)といったところだ。
仮に「富山の薬売り」をモチーフとした地域のサービス提供者は、顧客ごとに異なるニーズを的確に把握し、製造事業者から仕入れたものを基にユーザーエクスペリエンス(顧客体験)という新たな価値を付けて、それぞれの顧客へサービスを提供するといったところか。5Gもスマートフォンもない時代に新たな地域産業を創出できたのは、地域のサービス提供者の存在が大きかったと言える。
本質は変わらない
時代は変わり、IoTや5G、人工知能(AI)によるデータ収集や分析が可能になった今でも、その本質は変わらないような気がする。例えば、ローカル5Gのビジネスモデルとして考えられているのが、次回に紹介する、地域の通信事業者→地域のサービス提供者→地域の中小企業ユーザーだ。
中小企業ユーザーは、地場産業を支える地域の製造業や小売業、農業などになる。つまり、ローカル5Gによって地域課題である地域産業を変革するには、富山藩の売薬行商人のような「地域のサービス提供者」の存在が重要で必要不可欠とされるわけだ。(つづく)
〈筆者=モバイルコンピューティング推進コンソーシアム上席顧問・グローバルベンチャー協会理事。国士舘大学非常勤講師・竹井俊文氏〉