2024.01.18 【情報通信総合特集】2024市場/技術トレンド 量子コンピューター
大阪大学に設置された国産量子コンピューター3号機(同大提供)
世界規模で開発競争が過熱
日本の巻き返し期待
次世代の超高速計算機として期待される量子コンピューター。昨年3月に64量子ビットのプロセッサーを搭載した国産初号機が産声を上げて以来、12月には国産3号機の運用が始まった。米国や中国のIT大手も開発を強化する中、生成AI(人工知能)の開発で後れをとった日本企業の巻き返しが期待される。
従来のコンピューターは電気信号を使って0か1かのビットで情報処理して計算するのに対し、量子コンピューターは、0と1の両方が同時に存在する量子力学的な現象である「重ね合わせ」や、物体が障害物を通過することができる「トンネル効果」を利用して計算を行う。
従来のコンピューターでは困難だった問題を高速で解くことができるため、効率的な新薬開発や短時間で最適な輸送ルートを探し物流効率を向上させるほか、材料開発、金融、気象予報など、分野の研究開発の飛躍的な加速が期待されている。
ただ、重ね合わせ状態は非常に壊れやすく複雑な計算をしようとすると状態が壊れて誤りが発生するため、正確な結果が得にくい欠点がある。この課題を克服するためには、誤りを制御するエラー訂正技術の確立が求められるなど、量子コンピューターはまだ開発途上であり、本格的な実用化にはまだ時間を要するのが現状だ。
国内では、東大とIBMが21年7月から、クラウド経由で利用可能な日本初の商用量子コンピューター「IBM Quantum System One(システムワン)」(27量子ビット)を導入。システムワンに127量子ビットのEagle(イーグル)プロセッサーを搭載した国内最大規模の127量子ビットの新型機も10月から稼働を始めた。
国産の初号機は、理化学研究所(理研)と富士通のほか、産業技術総合研究所、情報通信研究機構(NICT)、大阪大学、NTTの共同研究グループが開発。インターネットを介して、どこからでも利用可能なクラウドサービスとして無償で利用できる。
チップには「2次元集積回路」と「垂直配線パッケージ」を使って量子ビット数の拡張性を持たせた。10月には富士通と理研が初号機をベースに国産2号機を開発し、企業や研究機関にクラウド提供してきた。
さらに12月には、大阪大と理研、富士通など11者が、国産量子コンピューター3号機のクラウド提供をスタート。国産初号機の公開以降、国内企業が連携して改良に取り組んできた成果を、インターネットを介して広く利用してもらい、新たな活用事例の探索につなげるのが狙いだ。
国産3号機は、理研から提供された64量子ビットチップを継承しつつ、1、2号機に比べて国産部品を多く使用。マイクロ波信号を送受信する「制御装置」を改善して量子ビット制御を向上させたほか、クラウドサービスとして利用しやすくするため、量子ビットチップの制約を考慮した変換処理を行うトランスパイラーや量子計算ジョブ管理など、さまざまな階層でソフトウエアを開発。研究室内部で利用する実験装置ではなく、システムとして外部に提供できるようにした。
初号機で海外製の部品が使われていた箇所をできるだけ国産部品に置き換え、より多くの国産部品が組み込まれても計算性能が落ちないかを調べる「テストベッド」としての役割も担っていた。冷凍機以外の多くの部品を置き換えても十分高い量子ビット性能を引き出せることが確認されたという。
共同開発チームは「国産部品やソフトを検証し、量子コンピューターの活用性を高めるために改善環境を構築したことは、今後の日本の量子コンピューター開発の加速に大きく貢献する」と成果を強調する。
3号機は、42機関が参画する産官学連携の「量子ソフトウェアコンソーシアム」のグループワークに参加する受講者を対象に、昨年12月22日からクラウドでの提供がスタート。小規模な既存アルゴリズムの試験などから始め順次、大規模で新規性のある産学連携プロジェクトの実験的研究に進め、新素材や新薬の発見、最適化問題などユースケース探索を目指す。
大阪大学量子情報・量子生命研究センターの桝本尚之特任研究員は「量子コンピューターの研究の大きな基盤を築くことができた。量子に興味を持つあらゆる人に使ってほしい」と呼び掛けている。
量子コンピューターの開発を巡って、世界では米グーグルやIBM、中国科学技術大学、浙江大学のほか、米スタートアップのRigettiが50量子ビット以上の制御を実現するなど開発競争が激化している。日本が主導権を握れるか、今後の開発の行方が注目される。