2022.06.02 【パワーデバイス技術特集】ESSにおける炭化ケイ素(SiC)パワー半導体の使用設計例 Wolfspeed

図1 ESSの構成(家庭用、事業者用の例)

はじめに

 近年の省エネルギーやCO₂排出量削減の要求を受け、産業、自動車、通信分野等で、いっそうの高効率化・小型化、電力密度向上が求められる。特に、ワイドバンドギャップ・パワー半導体と呼ばれるシリコンカーバイド(SiC)は、従来のシリコン(Si)に比べ、この省エネ要求に対し大きな役割が期待される。

 SiCテクノロジーを最大限に活用するには、各電力変換器のコンポーネントの選択とトポロジーを検討することが重要で、システム効率の改善、電力密度の向上、パッシブコンポーネントのボリュームとコストの削減等の効果がさらに期待できる。

 風力発電や太陽光発電のような再生可能エネルギーは、世界中でますます重要性が増し、これらが生み出す余剰電力を効率的に貯蔵する必要性が求められる。エネルギー・ストレージ・システム(ESS:Energy Storage System)は、電力の供給量に対し需要が少ないときには蓄電し、需要がピークに達し供給を賄えないときに蓄電装置から電力を供給するシステムである。ESSは送電網に負担をかけず停電等の問題を未然に回避し需給バランスを安定させる。

 本稿では、SiCパワー半導体が既に活躍し、今後もその応用が広がるESSにおける電力変換器について紹介する。

 ESSの構成は、太陽光発電(PV)パネル、電力変換器、蓄電バッテリー、電力供給、そして自宅またはグリッドへの接続が含まれる(図1)。SiCの使用メリットは、いくつかある主要な電力管理ブロック(電力変換器)のそれぞれの高効率化、小サイズ・軽重量化、および低コスト化に貢献できることである。

 次からは、ESS中の各電力変換器で、SiCパワー半導体を使用する上での設計のポイントおよび利点を紹介する。

(1)DC/DCブーストコンバーター

 ESSの電力変換器には、多くの場合、DC/DCブーストコンバーターが使われる。ここは高い効率と電力密度の両者が同時に要求されるため、SiCパワー半導体が活躍する場所である。図2は、四つの並列15kWブースト回路で構成される60kW SiCインターリーブ・ブーストDC/DCコンバーターを示す。入力(VDC IN)範囲は470~800Vで、127W/in³の電力密度で99.5%の最高効率に達する。

図2 60kW SiCインターリーブ・ブーストDC/DCコンバーターの設計例

 太陽光発電(PV)アプリケーション特有で考慮すべき設計点は、動作電圧を調整し、負荷インピーダンスを操作して出力電力を最大化する最大電力点追従(MPPT)アルゴリズムにある。これは、PV出力電力の大きさによって内部抵抗が変化するソーラーパネルにとって必須の機能である。

 Wolfspeedの60kWインターリーブ・ブーストコンバーター・リファレンスデザイン(図4に示すCRD-60DD12N)は、99.5%の効率を維持(図3参照)しながら、気象や環境条件によって変動するPV出力電圧を取得し、中間点850Vバス電圧を出力する。この設計では、チャネルごとに並列に二つのC3M0075120K SiC-MOSFETと、二つのC4D10120D SiCショットキーダイオードを使用し、低電力損失と高電力密度を実現する。

図3 Wolfspeed’s CRD-60DD12N,60kW インターリーブ・ブーストDC/DCコンバーターの効率測定結果(60kW負荷, 600VDC input, 850VDC output)
図4 Wolfspeed’s CRD-60DD12N, 60kW インターリーブ・ブーストDC/DCコンバーター

 一般に、このDC/DCブーストコンバーターにSiCMOSFETとSiCダイオードを使用すると、シリコンベースのコンポーネントに比べて次のような利点がある。

 ▷より高速なスイッチングとゼロリバースリカバリーにより、1~2%高い効率が得られる

 ▷スイッチング周波数が高いため、小型化が図れ電力密度が3倍になる

 ▷磁性部品が小さくでき軽量化が図れる

 ▷以上から、システムコストの削減が図れる

(2)AC/DCインバーター/AFE回路

 DC/DCブーストコンバーターはほとんどのソーラーESSアプリケーションに搭載されているが、DC/ACまたはAC/DC電力変換器は、再生可能エネルギー発電や燃料電池システムに必要である。特に、蓄電用バッテリーまたはグリッドシステムが、850V程度のバス電圧を扱う場合、SiCパワー半導体は、これらの電力変換器の性能改善に不可欠である。

 3相ブリッジのアクティブ・フロント・エンド(AFE)/インバーターは、以前からIGBTを使用して設計されているが、前節ブーストコンバーターのトポロジーに見られるように、SiCパワー半導体は、ここでもより高いスイッチング周波数でより高い効率と電力密度を実現できる。また、選択可能な電力変換器のタイプは多数あり、SiCパワー半導体は、それらほとんどのトポロジーに使用することができる。表1は、2レベルインバーター、NPC 3レベルインバーター、T型インバーターの違いとそれらの比較を示している。

表1 22kW Inverter/AFEのトポロジー比較

 Wolfspeed 22kW双方向AC/DCリファレンスデザイン(図5に示すCRD-22AD12N)は、充電と放電の両方で単相または3相モードで動作できる6スイッチ構成のインバーター/AFEである。非常に広い電圧範囲で使用しても高効率が達成できることから、さまざまな蓄電用バッテリーシステムやEVの急速充電器にも最適である。表2に本設計仕様を示した。

図5 Wolfspeed 22kW 双方向AC/DCリファレンスデザインCRD-22AD12N
表2 CRD-22AD12Nリファレンスデザインの仕様と性能

 この種のアプリケーションでは、SiCパワーMOSFETと言っても製品の選択が重要である。高電圧定格(1200V)と低導通損失を有するC3M0032120K(1200V/32mΩ)SiC MOSFETを選定している。このデバイスはケルビンソース端子付きパッケージ(TO-247-4L)を採用しており、ドライブ回路の最適化とスイッチング速度の向上が可能となり、どの変換モード(表2)でも、50kHzの高周波数ハードスイッチングにもかかわらず、98.5%以上の電力変換効率が得られており、さらに小型化による部品コストの削減も可能だ。

(3)充放電用双方向と単方向DC/DCコンバーター

 900VDCまでのバス電圧を扱うシステムの場合、図6の左側に示すカスケードマルチレベル・トポロジーが一般的で、650VシリコンMOSFETが使用される。ただし、このマルチレベルトポロジーでは、全てのMOSFETを駆動するゲートドライバーの部品数が多く、導通損失も高くなる。さらに、二つのブロック間の電流シェアバランスが必要で、より複雑な制御が要求される。結果的に1200V SiC-MOSFETの価格がシリコン製に比べ高くとも、図6の右側に示した2レベルのシンプルなトポロジーを採用する方が、システム全体のコストを抑制できる。

図6 バッテリー充放電用双方向DC/DCコンバーター

 1200VのSiC-MOSFET(C3M0032120K)を使用することで、部品点数を少なくでき、より高い効率が得られ、かつ制御が容易になる。

 WolfspeedのCRD-22DD12Nリファレンスデザインは、より複雑なシリコンベースのカスケードコンバーターを置き換えることができる2レベルの双方向DC/DCコンバーターである。さらに、ここに使っているCLLC共振回路は、ゼロ電圧ターンオンと、低電流ターンオフする、いわゆるスフトスイッチを行っており、スイッチング損失が発生せず、かつ、EMI対策が比較的容易な回路方式である。

 この2レベルCLLCトポロジーにおいて、Wolfspeed 1200V SiC-MOSFET C3M0032120Kが優れる理由は、ゲートドライブ用のケルビンソース端子付きパッケージ(TO-247-4L)の使用により、電導損失とスイッチング損失の両方を低減できるからだ。このリファレンスデザインのもう一つの独自の機能は、DCバス電圧、つまりAFE出力(DCリンク電圧)を、バッテリー電圧の値に基づいて調整できることである。この可変DCリンク電圧により、スイッチング周波数を共振周波数に近づけることができ、常にソフトスイッチを達成することで、全システムの変換電力効率の最大化が図れる。

 SiC-MOSFET(C3M0032120K)を使用した22kW CLLC DC/DCコンバーター(CRD-22DD12N)の特性の一部を表3に示す。

表3 22kW CLLC DC/DCコンバーター(CRD-22DD12N)の特性

 住宅用ESSシステムの場合、バス電圧が400VDCであるため、650V耐圧のSiC-MOSFETの使用が可能である。ここでは単方向500kHz LLC DC/DCコンバーターのリファレンスデザイン(図7 CRD-06600DD065N)を紹介する。表4に電気的仕様を、表5にSiとSiC設計に使う磁気部品の比較を示した。C3M0060065D 650V MOSFETおよびC6D10065Aダイオードを400Vバス電圧に使用することで、電力損失を低く抑えながら、磁気部品の小型化・軽量化とBOMコストの削減を同時に実現できる。

図7 CRD-06600DD065N 6.6kW高周波LLC DC/DCコンバーター
表4 CRD-06600DD065N 500k㎐ LLC DC/DCコンバーターの仕様
表5 SiとSiCベースLLC回路に使用する磁気部品の比較

 スイッチング周波数が高いことで、トランスからの漏れインダクタンスをLLCの共振インダクターに利用することで小型化に寄与し、入出力フィルターとEMIフィルターのサイズも小さくでき、過渡応答も速くなる。

(4)非絶縁型昇降圧DC/DCコンバーター

 最後に紹介するのは非絶縁型の昇降圧DC/DCコンバーターで、PVアプリケーションのバッテリー充電器などに使用でき、絶縁トランスなしのシンプルさと高効率を提供する。バッテリー電圧は、希望のDCバス電圧に昇圧してから、グリッドまたは家庭で使用するためのACに変換している。図8に、合計9個のSiC-MOSFETを使用したPVシステム全体回路例を示す。

図8 非絶縁型昇降圧DC/DCコンバーター充電回路の例(〇で囲った部分)

 5kWの電力出力(VIN = 800V、VOUT=400V)のシンプルな同期整流絶縁型昇降圧コンバーターの場合、SiC-MOSFET C3M0075120Dを2個使用し、周波数100kHzのハードスイッチングで98.6%のピーク効率を達成できることを確認している。5kWを超えるような高電力出力タイプには、より低いオン抵抗を有するC3M0032120K SiC-MOSFETが推奨できる。

まとめ

 ESSシステムの各電力変換ブロックが求めている共通な要求は、より高い電力変換効率、小型・軽量化、優れた熱特性、および、より廉価なBOMコストのバランスである。SiCパワー半導体は、これらの要求を満足させることができることを紹介した。まとめとして、これらのトポロジーのいくつかをリストアップし、それらの主な機能を表6に示した。最後にこれらの回路で使用したSiC-MOSFETの一覧を表7に示した。

〈Wolfspeed〉

表6 ESSシステムの各電力変換プロックのまとめ
表7 SiC-MOSFET諸元