2021.11.04 【電源用部品技術特集】リテルヒューズ社の「SIDACtor」
表1 四つの高電圧過渡回路デバイスの特性
サイリスタのクローバー保護回路によってフィールド故障を回避する
高電圧過渡現象の原因として考えられるのは、気象条件。雷は、電源ラインに高電圧および大電流のサージを引き起こす可能性がある。施工ミスや交通事故による電力ラインの損傷も、大きな過渡現象を引き起こす可能性がある。
このような問題がない場合でも、大型モーターなどの大電流負荷を遮断したり、電源を切ったりすると、大きな負荷からのdi/dt電流が急激に減少するため、電源ラインに過渡現象が発生する。
過渡現象のピークは、中立線において通常よりも高いインピーダンスを流れる電流や、3相電力システムの単相の障害によっても発生する可能性がある。
高電圧の過渡現象は、製品に損傷を与え、保証期間内での修理を不可能にしたり、顧客に不便をかけたりする原因になる恐れがある。顧客の問題を解決するには、費用のかかるサービスが求められる恐れもある。そうなるとメーカーは、顧客を失望させることで、将来的にビジネスを失う可能性も出てくる。
サージ保護は、高電圧の過渡現象による損傷から製品を保護するための方法。過渡現象を起こすと、データ転送でエラーが起きたり起きなかったりする断続的な現象や、製品の永久故障を引き起こす可能性がある。幸いなことに、高電圧過渡現象からの保護を実現する素子がある。
電源ラインのサージ保護設計にはいくつかの選択肢があり、設計エンジニアは各選択肢の長所と短所を認識しておく必要がある。選択肢には、金属酸化物バリスター(MOV)や、過渡電圧抑制(TVS)ダイオード、ガス放電管(GDT)、保護サイリスタ、交流用シリコンダイオード(SIDAC)などの過電圧保護素子などがある。
回路保護デバイスメーカーであるリテルヒューズ社は、独自開発のこういったデバイスを「SIDACtor」という商品名で製造している。
TVSダイオードとMOVはクランプ型の素子であり、GDTと保護サイリスタはクローバー型のデバイス。本稿では、クランプとは素子の過電圧しきい値を超えたときに、素子両端の電圧をある一定のレベルに保持することと定義する。クローバーが働くとは、素子の過電圧しきい値を超えたときに電圧を小さな値に制限すること。クローバーデバイスは、過電圧に応答してデジタルスイッチのように効率よくオンする。
クランプ型のデバイスの方が応答時間は速いが、電流制限容量が限られている。このデバイスには、通電電流の関数であるクランプ電圧も存在する。クローバーデバイスとクランプデバイスの両方が過電圧保護状態にあるとき、クランプ電圧の方がクローバーデバイスの電圧よりも高いため、クランプデバイスでは高電圧過渡現象に対してピーク電流を下げることが可能になる。
クローバー型のデバイスは、デバイスがオン状態に切り替わるとクランプ電圧が非常に低いため、はるかに高いサージ電流を扱うことができる。ショートに近い状態になるため、過渡エネルギーは製品の回路から遮断されることになる。クローバーデバイスは製品の回路に与える電圧が低いため、製品へのストレスはさらに軽減される。
クランプ型の保護デバイスであるMOV素子とTVS素子は、高いピーク電流を処理できる。MOVは最大70kAの過渡電流ピークに耐えることができる。これらは低コストの保護デバイスだが、オフ状態のリーク電流が高くなるという欠点がある。
TVS素子はMOVほどのピーク電流容量を持たないため、オン状態のクランプ電圧は下がる。TVSデバイスはMOVデバイスよりも長寿命だ。これは、MOVデバイスが絶えず過電圧状態になるため劣化し、デバイス内で大量の熱を消費する可能性があるからだ。
MOV素子とTVS素子はどちらも、クローバー型のデバイスよりも寄生容量が大きいため、dv/dtやdi/dtの急峻(きゅうしゅん)な過渡現象にさらされると、高いオーバーシュートが発生する。
二つのクランプ型の素子GDTとSIDACtorは大きく異なる。SIDACtorは半導体デバイスだが、GDTはガスに依存して、しきい値電圧に達するとブレークダウンを起こし電流を流す。MOVと同様、GDTの寿命は、ガスがイオン化されて導通する回数に基づいて制限される。ガスはイオン化されると、電極に吸着される。GDTは大きなピーク電流に耐えることができるが、SIDACtorよりも応答時間がはるかに遅い。GDTは、非常に短い高電圧パルスが製品を通過するのを防ぐことはできない。
四つのサージ保護素子の中で、交流電源ラインの保護に最適な特性が組み合わされているのがSIDACtor。SIDACtorは、デバイスが受ける高電圧過渡現象の数に関係なく、長寿命を実現している。
SIDACtorは、オン状態のクローバー電圧レベルが低く、ターンオン特性が高速。また、急峻なdv/dtやdi/dtサージに対するオーバーシュートが最も小さく、しかもオフ状態のリーク電流が少ない。表1で、四つのタイプの保護デバイスを比較している。
図1は、SIDACtorの特性曲線。最大オフ電圧であるVDRMより低いと、SIDACtorのリーク電流IDRMは低くなる。リーク電流は数μAのオーダー。電圧がデバイスのピークしきい値電圧VSに達すると、デバイスはオンになり、低い保持電圧VTに切り替わる。SIDACtorは、コンポーネント両端の電圧が低電圧VTに抑え込まれるため、大きな過渡電流をサポートできる。5000Aのピークサージ電流を処理できるSIDACtorは、プリント回路基板上で簡単にレイアウトできるように、標準のTO-218ケースに収納されている。
幸い、わずか数個の素子で、高電圧過渡現象からデバイスを完全に保護することができる。図2は、製品の電源回路を保護するための3素子によるソリューションを示している。SIDACtorは、交流電源ラインの過渡現象から保護するために電源回路と並列に配置されている。SIDACtorは電源回路と並列に配置されているため、交流ラインに高電圧の過渡現象がなければ、SIDACtorが製品の性能に影響を与えることはない。
SIDACtorはリーク電流が少ないため、通常の交流電源電圧における消費電力はわずか数mWしかない。SIDACtorと直列に入れたヒューズは、単一の交流電源でも複数の交流電源でもサイクルが続く電流サージからSIDACtorを保護する。直列接続のヒューズは、電源回路に従来の過電流を保護する。また、SIDACtor回路の後にも別のヒューズが配置されているが、SIDACtor回路によって高電圧過渡現象からこのヒューズを保護する。この3素子ネットワークにより、過電圧と過電流の両方の保護が電源回路に組み込まれる。
図3は、交流ラインの過渡現象に対するSIDACtorの高速応答を示している。緑色の曲線は、電圧の過渡現象に起因する高い電流波形を示している。青色の線は、電源回路にとって安全な低レベルまで電圧を抑え込む(クローバーする)ために、SIDACtorが迅速に応答する様子を示している。
SIDACtorをMOVと組み合わせて使うことで、高いクランプ電圧によって損傷する可能性のある回路を低い電圧クランプで保護することもできる。図4では、MOVのインピーダンスは、過渡現象後の最大電流を少なくとも5分の1に低下させ、これにより、SIDACtorに吸収される瞬間エネルギーの合計が低下し、SIDACtorが確実に保護される。
この組み合わせの二つ目の重要な利点は、直列回路のリーク電流が、MOVそのものに流れるリーク電流よりも小さいこと。低消費電力基準を満たす必要のある製品の場合、電力効率を最大にするには、デバイスがオフ状態またはスタンバイ状態のときにデバイスに流れるリーク電流を最小限に抑えることが不可欠。
図4Aは、MOVと直列にSIDACtorを使用した保護ネットワーク。ヒューズは過電流を保護する。
図4Bに示すSIDACtor-MOVの直列接続は、3kAサージの過渡現象をわずか43.2Aに(だいだい色の曲線)に制限する。青色の曲線は、MOVによってクランプされた過渡電圧を示す。
図5のインバーターは、AC電源ラインのサージ保護用にSIDACtor-MOVの組み合わせを使った応用回路。SIDACtor-MOVの組み合わせによって、差動の高い過渡電圧からインバーター駆動回路を保護する。また、並列接続のMOVは、AC主電源が中立線として比較的高いインピーダンスを持っている場合、中立線と接地間にかかるサージから保護する。
3相交流ラインでインバーターを駆動する場合、3相交流ラインの各相にSIDACtor-MOVを組み合わせることを推奨する。この保護回路構成は、電気自動車やハイブリッドカー、太陽光発電インバーターに使う場合にも推奨する。
図5に示すパワーインバーター回路に推奨される保護ネットワークには、ライン間保護用に直列接続されたMOVとSIDACtor、およびライン-接地間の保護用にMOVペアが配置されている。
高い過渡電圧から保護するために、さまざまなデバイスがある。交流電源ラインを保護する場合、SIDACtorは市場で入手可能な最も費用対効果の高いデバイス。この素子は、オン状態の低いクローバー電圧、高速の過渡応答、長寿命を特長とし、高いサージ電流に耐えることができる。SIDACtorまたはSIDACtor-MOVの直列接続は、過電流保護用のヒューズと組み合わせることで、製品の電源回路に、シンプルで優れた保護回路を提供する。
〈資料提供:リテルヒューズ〉